世界的ニュースにもなった、世界一高いルビーは、2023年9月現在では、スイスのジュネーブで開催されたサザビーズ(Sotheby’s)に出品された25.59ctの天然無処理で美しいミャンマー産ルビーで、サンライズルビーと呼ばれるものです。
ちょうどそのオークションで、実際に手に取って拝見し、そして落札の瞬間もその場にいました。
一次情報として、その様子をレポートしたいと思います。
そして、ここでは、同じルビーなのに、なぜ高いものと安いものがあるのかについても解説していきたいと思います。
ルビーのオークション落札価格、最高記録サンライズルビー
ルビーのオークション落札価格として、最高記録はサンライズルビーです。
2015年5月13日に、スイスのジュネーブで開催されたサザビーズに出品された、天然無処理で美しいミャンマー産ルビー25.59ctが、28億スイスフラン、36億円で落札されました。
(2023年現在のレートで48億円/CHF28,250,000)
サンライズルビーの特徴
実際に手に取って見た一番大きなジェムクオリティのミャンマー産ルビーで、手に取って拝見する機会に恵まれましたので早速、宝石品質判定の基準でサンライズルビーを観て見ました。
青味をほとんど感じさせない深紅の色調、透明度は大きさを考えると驚くほど高く、彩度も素晴らしい結晶でした。
美しさは「S⁻」、輝きがあり特に美しいもの、結晶内に少し広がるフラクチャーが確認できましたが、破損の原因になるものでは無く、美しさにも全く影響していません。
色の濃淡は、「#5.5」大きなルビーなので、濃いルビーなのですが、光が充分に入ることで真っ赤に輝いていました。
品質は、文句なしのGQジェムクオリティ(最高品質)でした。
職業柄、どうしても品質判定をする眼で観てしまうのですが、手に取って、ルーペを使って、その内側の世界を覗かせて貰ったのは光栄というしかありません。
インクルージョンを観察すると、ちょうどテーブル面の下、パビリオン部分にかけて細かく、絹を編んだように内包されるシルクインクルージョンが確認できました。
それはモゴック鉱山で産出するルビーの特徴的なものです。
パビリオン側のファセット(切子)面の反射によって、結晶の奥から湧き上がってくる赤い輝きに加え、薄っすらと広がっているシルクインクルージョン自体が白く輝くことによって、結晶全体が柔らかく真っ赤な輝きを発するもので「ピジョンブラッドルビー」の特徴的なコンビネーションです。
研磨のスタイルは、クッション型のミックスドカットに磨かれており、指輪の枠には脇石としては驚くほど大きな、2.7ctと2.4ctのダイヤモンドをセットした、クラッシックなスタイルのプラチナの指輪でした。
元々は、ロイヤルファミリーなどの重要な方の持ち物であったそうで、その後、カルティエの宝石コレクションになったと実際にオークション落札の時にハンマーを振った担当者から聞きました。
指輪にはカルティエの刻印が刻まれていなかったため、リングを製作したのはカルティエではなかったようです。)
最後に「あなたは、このルビーは幾らで落札されると思う?」とサザビーズの会長に聞かれました。
私は「1000万USドルぐらいでしょうか」とコメントしたら、「1000万ドルが競りのスタート価格だよ」と笑われてしまいました。プロのジュエラーなら、3000万USドルと言い当てるぐらいの鋭さが欲しいところです。まだまだ甘いと感じた瞬間でした。
実際のオークションの様子
サザビーズの会場は、スイスのジュネーブ、レマン湖の畔にあり、ハプスブルグ家の皇后エリザベートが最後に宿泊していたホテルのホールでした。
(現在は、近隣の違う場所に会場は移っています)
そのサザビーズのマグニフィセント ジュウルズ「Magnificent Jewels」という区分けがあり、ロイヤルファミリーの持っていたものを含めたハイエンドジュエリーのオークションです。
その日のメインとなった競りが、25.59ctのミャンマー産ルビーでした。
そのホテルには、そのルビーの競りに参加していたアラブの白い民族衣装で護衛の人をたくさん引き連れた人物も泊まっていました。
もちろん競りには、参加せずに同行の部下の方が参加されていました。
競りがスタートし、あっという間に2000万USドルを超えて行き、そのアラブの関係者ともう一人の戦いになりました。
もう一人は、サザビーズの電話で応札する担当者は、アラブの関係者が応札すると、直後にもう少し高い値段をつける、もう落札か!と思ったら「待ったぁ!」の声がかかります。
その攻防が、正確には覚えていませんが、40分以上続いたかも知れません。
そして、ついにハンマーが振り下ろされ、会場からは大きな拍手がいつまでも続いていました。応札し続けたアラブの関係者は、結局敗れてしまいました。
さて、だれが落札したのか? それは誰にも分かりません。
私は、ルビーの専門家ですから、それをすぐに担当者に聞きに行ったのですが、首を横に振るだけ、もちろんそんなことは言えるはずはないのですが、サンライズルビーは、それ以来、見たことはありません。
宝石ルビー、特に天然無処理で美しいミャンマー産ルビーは特別な宝石だと言われますが、ハンマーが振り下ろされた瞬間に、その凄まじい存在感に感動しながらも、サンライズルビーが、またいつの日か現れた時には、堂々とパドルを上げ続けたいと心に誓いました。
サンライズルビーの価値はどのようについたのか?
当たり前ですが、Magnificent Jewels 「貴重なジュエリー」に出品できる宝石ジュエリーは、限られています。
出品依頼するとその商品の品質や来歴などを調査する担当者がやってきて、出品の可能性とその時のスタート価格と落札予想価格を出してくれるのですが、その時に彼らが何を観るのか?
彼らは、オークション会社なのでジュエラーではありません。
ルビーの場合は、スイスのGubelin Gem LabかSSEFの分析結果報告書があれば査定してくれますが、今回のサンライズルビーは、その両方が付いていました。
予想の価格の2倍以上で落札されたサンライズルビーですが、その価値は、何によってつくられたのでしょうか?前の持ち主の名前でしょうか?ブランド名でしょうか?
このサンライズルビーの価値は、間違いなく、25.59ctのバケモノのような大きさの天然無処理で美しいミャンマー産ルビーのGQジェムクオリティそのものにありました。
そして天然無処理で美しいミャンマー産ルビーの供給量が少ないこと、その価値を知っている人が2人以上いたことが高額落札の理由であり、また、高額で落札されたことで、サンライズルビーは、有名になりましたが、宝石の価値は、常に需要と供給のバランスによって決まっていきます。
同じ宝石ルビーでも、サザビーズに出品すらできないものがほとんどでしょう。
どのような品質のルビーが出品できるのかについては、モリスの店舗にてお問い合わせください。
ただ、よっぽど何か特別なものでない限り、ミャンマー産であったとしても、天然無処理で美しいことが出品の最低条件になるでしょう。
これは、日本国内で行われる毎日オークションなどでは、問われません。
同じような宝石に、なぜ高いものと安いものがあるのか
同じ名前、宝石ルビーなのに、なぜ値段が色々あるのか?について、よくお問い合わせをいただきます。
答えるのはいつも同じですが、「宝石としての品質が違う」のです。
よく、「ルビーは赤色がすべてです。」「素晴らしい赤色であれば、」とか「透明度が宝石としては一番大切」…等々、部分的な特徴で判断をしているような記事がありますがそれは違います。
色調も、透明度も、彩度も、プロポーションも、産地も処理の有無もすべて品質の一部分です。
非加熱だから良いということでも、ピジョンブラッドレッドとコメントがあってもそれがAQアクセサリークオリティなら、価値判断するときはアクセサリークオリティの相場の指数を参考にするべきなのです。
そして価値判断に欠かせないのが、需要と供給のバランスです。
需要と供給のバランスを考えていくと、勘の鋭い方は気付くと思いますが、ダイヤモンドはルビーより遥かにたくさんあるのに、最近まではルビーよりも高く販売されてきた宝石です。
宣伝広告によって需要がつくられて来たので、欲しい人が多いのです。
天然無処理で美しいミャンマー産ルビーは、最近のインターネットの発達によって需要が高まってきた宝石です。
大々的に広告しているところを見た人はいるでしょうか?広告を出すほど、たくさん産出しているということでしょう。
買うときに人気のある商品について値段は高くなりますし、ごく一部の人が知っているだけのものは、その需要の力は働きませんので、価値のバックボーンは「希少性」ということになります。
需要と供給のバランスを考える時は、そのあたりも考えてみると良いと思います。
今回のサンライズルビーは、希少性が生み出した価値ということができるでしょう。
いえるでしょう。
価値を左右する大切な要素
宝石ルビーの価値を左右する要素は、下記の3つです。
- ルビーの品質
- 需要と供給のバランス
- 伝統と慣習
①サンライズルビーの品質
ルビーの品質については、25ct以上の天然無処理で美しいミャンマー産ルビーのGQジェムクオリティ、文句のつけようのない最高品質です。
②サンライズルビーの需要と供給
需要と供給のバランスは、本質的には、どれだけの数が存在していて、どのくらい人気があるか?ということです。
どれだけ希少でも、世界の誰も知らない宝石であれば、需要が高くなることはありませんし、逆に、今でいえばバズって有名になっても、後からどんどん供給されれば、経年変化のないものは、価値が陳腐化していきます。
25ctのGQジェムクオリティになるような原石は、25年間鉱山にアクセスして、一粒も見ませんでしたし、そういう噂さえありませんでした。
加えて現地の鉱山主と付き合っていて分かったことは、10ctを超えるGQは、モゴック鉱山では100年間に1個と言われています。
私も、最初は「それはないだろう。もっと産出するはずだ」と思いましたが、実際に自分たちで5年弱毎日、宝探しをしてGQの5ctを超えるものの発掘はゼロ。
その希少性を目の当たりにしました。
そして、宝石に興味が無い人でも「ルビー」という宝石の名前は、聞いたことはあるでしょう。有名な宝石です。
需要が高いということです。
その頂点である天然無処理で美しいミャンマー産ルビーのGQ、それも25ctです。
需要と供給のバランスを考えると、今回の驚く落札価格も納得がいきます。
宝石の中にはアメシストのように、美しく古代エジプトの時代には重宝された宝石が、その後、世界中で大量に産出されたことで供給過多になり、需要と供給のバランスが変わったために、相対的な価値を下げてしまった宝石もあります。
②サンライズルビーの伝統と慣習
さて次に、伝統と慣習は、それぞれの宝石が、歴史的に見てどのように扱われてきたのかという文化的側面を考え合わせなければ、何百年経っても変わらない(経年変化のない)宝石の価値判断はできません。
100年前には、宝石として存在していなかった宝石種も商業的にどんどん増えていますが、四大宝石(ルビー、エメラルド、ダイヤモンド、サファイア)、有機物ですが真珠も含めて、確固たる伝統と慣習がありますが、その中でもルビーは、異次元です。
前述の通り、ルビーと聞いて、宝石の種類の一つだということが分からない人でも、聞いたことが無い人はいないでしょう。
その語源は、ルビヌス(ルビウス)旧ラテン語で「赤」を表す言葉です。
宝石学が発達する遥か以前の紀元前3000年、バビロニアでは、既にさそり座の胸にある赤い星アンタレスの欠片として重要な宝石として扱われています。
その後、天文学が発達した古代ギリシャでは、ルビーは、最高神ゼウスの次男で、戦いの神様マルスを象徴する赤い惑星「火星」のシンボルとされました。
現在、♂は男性を表すマークとして使われていますが、これは軍神マルスを表すマークです。
戦いで使う武器である槍を↑で、盾を〇で表したものです。
その当時は、武器をつくる、銅と鉄は「赤い金属」だと考えられていました。
旧約聖書に登場する赤い宝石「カルブンクルス」、聖書の「人の知恵は、ルビーにも勝る」などの記述、そしてお釈迦様(阿弥陀如来の頭上に輝く肉髻朱)も紅玉、ルビーであることも、意外に知られていません。
更に、深く掘り下げると、ルビーの語源である「赤」は、人類最古の色だと言われています。
その理由は、人の目の中にある網膜の光線を感知する細胞である「錐体」の60%は赤い光線を感じるものです。
要するに、人類の眼は赤色を探す為に進化したのかも知れないという仮説がたてられます。
赤色(赤い光線)は、人の皮膚を透過して身体を突き抜けていく光線です。懐中電灯で、手のひらから照射して、手の甲から見てみて下さい。赤色が透過してくるはずです。
遠赤外線治療という血行を良くする医学療法がありますが、赤い光線(赤及び赤外線)は、体内に取り込んで細胞に刺激を与えることで血行が良くなるものです。
長波で幅が狭いため、遺伝子にキズをつけずに体温を高く保つのに効果があるそうです。
その反対にある紫色、更に波長の短い光線「紫外線」は、エネルギーが強すぎて体内に取り込むと染色体にキズをつけるので、メラニン色素を出して体内に入るのを防ごうとするのとは、逆です。
氷河期を二度も生き抜いた人類がルビーの色「赤」を大切にする伝統や慣習をもっていることは、様々な書籍で立証されています。
カナダ・ビクトリア大学のジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー氏著書の「最古の文字なのか?」という書籍には、第八章「洞窟壁画をいかに描いたか?」は、「人類に深く刷り込まれた“赤”への愛着」という文章から始まっています。
2万7000年前のスペインのラ.パシエガ遺跡には、レッドーオークで赤い顔料をつくるための砥石が見つかっており、現代人と同じような方法で赤い顔料を作り出していたことに驚いたという記述があります。
このようにルビーの語源である「赤」には、揺るぎない伝統と慣習があり、そして、地球上で最も丈夫な赤い結晶が「宝石ルビー」です。
今回のサンライズルビーは、そのルビーの頂点にあるお宝の石なわけですから、指輪一本が37億円で落札されたのも納得できます。
オークションについて
宝石を手放す時に日本では質屋を想像する人が多いのですが、世界基準で見た時には手放す際はオークションが利用され、欧米ではオークションが生活に根付いています。
例えばパリには公営のオークションHotel Drouot(オテル・ドルーオー)があり、家具、道具、雑貨等殆ど全てのアイテムが日々オークションにかけられています。
フリーマーケット同様に買い物の一つの手段として気軽に利用されています。
オークションの世界ではジュエリーは絵画に次いで人気です。
気軽に着けられるものから資産性の高いものまでオークション会社の格に応じて品揃えされています。
国際オークションとローカルオークション
オークション会社は大きく2つに分類されます。
- 国際オークション
- ローカルオークション
国際オークション
国際オークションは世界の大都市でオークションや下見会を開催し世界中の富裕層が主な顧客です。
中でも200年以上の伝統のあるChristie’sとSotheby’sが有名です。
国際オークションは輸送費や関税等の費用がかかるので結果として高額品が多くなり価格帯は500万円以上がメインで落札上位は2億円以上と桁が違います。
ローカルオークション
ローカルオークションは各国に複数のオークション会社があり国内で開催されるため費用の面では有利で手数料も国際オークションに比べれば低く設定されています。
価格帯も数万円から数千万円と幅広い需要に応えています。
サザビーズとクリスティーズ
国際オークションで伝統のある2つのオークションハウス
- サザビーズ
サザビーズ(英: Sotheby’s 、NYSE:BID)は、現在も操業する世界最古の国際競売会社。インターネット上でオークションを開催した世界初の美術品オークションカンパニーでもあります。ロンドンで創業され、現在はニューヨークのアッパーイーストに本部を設置しています - クリスティーズクリスティーズ(英語: Christie’s)は、世界中で知られているオークションハウス(競売会社)。1766年12月5日、美術商のジェームズ・クリスティー(英語版)により、イギリスの首都ロンドンに設立されました。クリスティーズは第一級のオークションハウスとして創立後すぐに名声を確立し、ロンドンがフランス革命後の国際的な美術品貿易の新しい中心地となったことに乗じて成長しました。
国際オークション開催地と特徴
世界3大オークションの開催地といえばジュネーブ、ニューヨーク、香港です。
その他、世界の主要都市でも行われますが、3都市に比べると取扱高に開きがあります。
ジュエリーのオークションに限っても1回で取扱高が100億円を超えることもあります。
時代や由来に強い地域もあります。
王室の誰が所有していたと言うような由来のはっきりしているジュエリーはジュネーブでのオークションに出品されることが多いのが特徴です。
世界で通用するジュエリーブランドは少ない
絵画でも世界で通用する画家は印象派の一部であるように、ジュエリーも世界的ブランドは数えるほどです。
欧州では
-
- Cartier
- BVLGARI
- CHAUMET
- BOUCHERON
- Van Cleef & Arpels
- GRAFF
- 米国ではTiffany & Co.
- David Webb
- Henry Dunay
- Fred Leighton
- 日本からはGimel
- SUWA
- モリス
弊社モリスもオークションにブランドとして、2017年にニューヨークのサザビーズに出品されました。
LOT157の情報 モリスがオークションに出品した実績内容
オークションを理解するうえで大切なのはリザーブ価格です。
リザーブ価格は最低落札価格の事でその金額未満では落札できない金額です。
宝石は1カラット当たり幾らかが相場の基本になるので、例えばリザーブ価格(最低落札価格)をメインストーンの石目方で割っても目安になるので品質や大きさとの関連性を見つけることも相場のヒントになります。
本来オークションはノーリザーブであるべきですが、出品を促進するための保険として設定されています。
リザーブ価格は宝石が持つ本来の価値が構成要素
リザーブ価格は工賃やブランドの人気も殆ど考慮しません。
宝石が持つ本来の価値が構成要素なので、様々な費用やマージンが加わる小売価格とは異なります。
ブランドや手の込んだ細工の物も人気があれば自然と競り上がるので市場にまかせる 任せるのがオークションです。
オークション会社がリザーブ価格からどのぐらいまでが適当か範囲を示す見積価格まで開示します。
オークションは専門家が真贋も含めて査定をするので、金額に安心感があります。
見積価格の範囲内で落札できればもしかして高い買い物をしたのではと言った猜疑心を持つこともありません。
もちろんオークションなので、どうしても落札したい人が2人以上いた場合は思いがけない金額まで跳ね上がる事はたまに起きます。
オークションでの実績は残る
販売手数料は必要ですが、良い点としてはオークションで買ったものは殆どのケースで再度オークションに出品できるので、飽きたら売ってしまおうと考えれば気楽に考える事が出来ます。
その為、コレクション価値のある宝石は再出品されることも多くあります。
オークションの落札価格は、競争相手の多寡や強弱もあります。
相場だけで決まらないのがオークションの怖さでもあり、魅力でもありますが、オークションの実績は残り、市場取引での指標になっていきます。