ルビーの指輪と聞くと、寺尾聡の歌謡曲「ルビーの指環」を思い出す方は多いと思います。それは、宝石ルビーが装着された指輪(リング)のことです。ルビーが指環に着けられた時期は、古くは古代バビロニア(約5000年前)や古代エジプト(約3500年前)時代のルビーの指輪が残っていますので、その時期には既に存在していたはずであり、ルビーの指輪は非常に古くからあったことになります。
まずは、ルビーの指輪の歴史から解説していきましょう。
ルビーの指輪の歴史
前述のとおり、ルビーの指輪は約5000年前につくられたものが残っております。その事により、かなり古くから使われていたことが判明していますが、古くから珍重された理由は「赤」にあると考えられます。
ルビーの語源は?…赤の歴史
そもそも「ルビー」という宝石名は、旧ラテン語のルビウス=赤です。
赤色は、人類が興味を持った最古の「色」だということはよく知られています。人間の目の網膜で色を感じる錐体細胞の60%は赤を感知します。地質学者であり、宝石ルビーの鉱脈のスペシャリストであるニューヨーク市立大学のTed Themelis博士の著書では、200万年前のホモサピエンスが赤い石、ルビーを集めていた形跡があると記されていますが、人類は本能的に「赤」を見分ける能力が優れているということなのでしょう。
赤信号や「止まれ」のマークが「赤」であることの根拠は人間が一番注意を向けるからです。本能的に人類が赤に注意を向ける理由は諸説がありますが、赤色から赤外線にかけての長波光を浴びると体温が高くなり抵抗力が高くなる=病気になりにくかった。また旧石器時代に火を使うことを覚えた人類が夜行性大型肉食動物から「火」で身を守ったという説(その火種、炭火の色は漆黒の暗闇に輝くルビーの色だった)、氷河期を2度も生き抜いた人類が赤色を大切にしたのは想像に難しくありません。(人の目に見える赤から紫までの光線で赤よりも長い光線(赤外線)は皮膚を透過して血行を良くするのに対して、紫、紫よりも短い光線(紫外線)は、体に良くないことは、今の科学では当たり前ですが…)そして戦に出向く大切な人に赤い刺繍などで願かけをしたり、王様が歩くところに赤いカーペット(レッドカーペット)や、座る椅子が赤色…等々、大切な人を「赤色」のモノで守ろうとする習慣からも赤色が「守る」とういう意味を持たせていることが分かります。
さて、日本でも最古の色は「赤」であり、狂言の世界では赤色のことを「いろ」と呼びますが、その赤の語源は、「あけ」だといわれていますが、「夜明け」の前に薄っすらと明るくなってきた時に届く光が、赤い光線(人の目に見える光=可視光線で一番の長波光は赤です)であることがその理由です。真っ暗から薄明るくなってきた時に白い紙に光を当てると「赤色」に見えるはずです。
このように一番最初に人類が興味を持った赤色、そして地球上で一番頑丈な赤色が宝石ルビーだということであり、その歴史の長さには異論はないと思います。
ジュエリーの起源と歴史
次に装飾品、ジュエリーという角度で見た場合、最古のジュエリーは、約12万年~10万年前の植物の種を装飾に使っていた形跡があること、ネアンデルタール人が4万年前に動物の牙や爪、貝殻を首飾り(ネックレス)にして着けていたという説、中国でも北京原人が貝殻のネックレスを使っていたなど諸説がありますが、現存している指輪(ルビー)にフォーカスすると、約5000~4500年前の古代バビロニアのルビーの指輪、そして約3500年前、古代エジプトの国王トトメス3世のルビーの指輪(エジプト考古学博物館所蔵)があり、地位の高い人物が着けていたことになりますが、古代エジプトでは「太陽神」が信仰されていたため、ルーブル博物館などで展示されている色がついた彫刻にも日の丸のような赤い太陽が絶対神(アメン・ラー)として至るところで崇められていたことが分かり、日本の天照大神と通ずるものを感じます。そしてこの時代には既に最高権力者がルビーの指輪を着けていたことになります。
このように、ルビーの指輪の歴史については、前述の「赤」を一番最初に色として認識し、太古より使ってきた人類の歴史を考えると、硬い宝石ルビーが加工できたかどうか?という疑問は残るものの残っている実物よりも遥かに古くから指輪に着けていた可能性はあります。
ちなみに、私自身が手に取って拝見した最古の指輪は、古代エジプト時代(約3750年前)のアメシストでつくられたスカラベの指輪で(スカラベとは古代エジプトで太陽神の使いとされた甲虫で、宝石をその形に磨いて指輪に装着していました)、アメシストに細い穴をあけて金製の棒状の留め具で指輪に装着していました。トトメス3世のルビーリングもスカラベの形に成形されたものですが、数千年たった今も全く変わらず輝いている姿に、経年変化のない宝石の普遍の価値を感じました。
結婚指輪として使われた歴史的なルビーの指輪を手に取って感じたこと
さて結婚指輪といえば、皆さまは「ダイヤモンド」が装着された指輪を思い浮かべるのではないでしょうか?しかし、歴史を紐解いていくと結婚指輪の正統派はルビーであったことが分かってきます。
ルビーの結婚指輪 フェデリング
イギリスで発見されたルビーが装着された指輪は、指輪上部のベゼルの部分に天然無処理で美しい(おそらくミャンマー産)ルビーが装着され、指輪のフープ(輪の下の部分)には「フェデ」と呼ばれる手と手を結んだ形のモチーフで「約束」や「忠誠」を表現されています。この手と手を取り合ったモチーフは、この時代の欧州に残る結婚指輪にはよく使われています。現在、西洋美術館に保管されていますが、寄贈される以前に歴史的な指輪を研究する会「指輪を手に取る会」で手に取って拝見しましたが、写真では拡大されて分かりにくいものの非常に小さなルビー、地金部分が細く華奢なつくりに驚きました。そしてルビーは、365nmの紫外線に鮮赤色に反応すること、そしてインクルージョンを拡大検査するとミャンマー産ルビーに多く見られるクラウド状の細かいシルクインクルージョン(ルチルの針状結晶が交差したもの)が熱のかかっていない状態で確認できたため、天然無処理で美しいミャンマー産ルビーだと判断しましたが、この時代にどのように欧州までミャンマー産ルビーが届けられたのか?については、これからも調査が必要です。
マルティン・ルターの結婚指輪
ドイツのライプツィヒ市博物館に保管、展示されているマルティン・ルターが修道女であったカタリナ・フォン・ボラに贈ったとされる結婚指輪。キリスト教のプロテスタントの祖ともいわれるマルティン・ルターは、元々農民出身であり、聖書の研究では右に出る者がいなかったとされたドイツ ザクセン地方の大司教でした。カトリック教徒として若い時代を過ごしましたが、教会に所属する宗教家や貴族などの裕福な人々だけを優遇する、その時代の法王の方針に疑問を呈し、プロテスト(抗議)を続けました。同時に、農民などの一般人も聖書によって救うべく、分かりやすい言葉で聖書の教えを広めた、福音派(ゴスペル)の基になりました。この時代に発明された活版印刷機「グーデンベルグ」によって一気に世の中にドイツやスイスに広がって行ったのが、のちに「プロテスタント」と呼ばれたキリスト教の一派です。
「マルティン・ルターの結婚指輪はルビーだった」という噂を聞いて調査の旅に出て、2021年にドイツのライプツィヒ市博物館で確認しました。残念ながら、最初に博物館を訪れたときは、ガラスケースに厳重に保管されているため手に取って拝見することはできませんでした。
それから3回ドイツへ通って、2024年に50年ぶりに博物館のケースから出して貰えることになり、手に取って拝見することができました。鑑別したところ、接触変成岩起源のルビーであることはまず間違いなく、インクルージョン(ルビーの内包物)から天然無処理で美しいミャンマー産ルビー、若しくは同じ性質を持つアフガニスタン産ルビーであると確認しました。ルビーの大きさについての情報はありませんが、目測で0.8ctぐらいでしょう。少し紫味を帯びた色調とインクルージョンはあるものの高い透明度と1500年代に多いテーブル面だけをつけたファセットカットのルビーは、今も変わらず輝いていました。
そしてインクルージョンの拡大した写真をご覧いただきたいのですが、アパタイトと思われる結晶の形が、なんとなくハートマークに見えてきます。博物館の副館長の調査によると、マルティン・ルターが修道女であったカタリナ・フォン・ボラにプロポーズする際にデンマーク国王であったクリスチャン2世より贈られたものであることが分かっています。ルビーの指輪は、プロテスタントの結婚、それも宗教改革を率いたマルティン・ルターのモノであることから、正統派であったことが、史実から分かりました。今後は、どのような経路でクリスチャン2世がルビーを手に入れたのか?成分分析などから正確な鉱山の情報を調査することになりますが、歴史的にも、とても重要なルビーの指輪です。このルビーを宝石品質判定のクオリティスケールを使って判定した結果、美しさは「A」、色の濃淡は「4」のJQジュエリークオリティ(高品質)でした。しかし、このルビーの指輪には、品質以上の歴史的な価値があり人類の宝物といえるでしょう。ルビー専門家として、手に取れたことは何よりも光栄なことです。
イタリア最後の王妃マリア・ジョゼのルビーの結婚指輪
東京国立科学博物館で開催された特別展「宝石」地球がうみだしたキセキの第5章で展示されていた存在感のあるルビーの指輪は、イタリア最後の王妃であり、最初で最後の女性国王であるマリア・ジョゼが結婚指輪として国王から贈られたものです。これもまた非常に重要なルビーの指輪です。特別展で展示された指輪の中で最も格が高く、目立っていたので記憶されている方もおられるでしょう。
来歴については、国王の母にあたるエレナ・デル・モンテネグロ王妃が、王子の結婚時に受け継いだものだとされています。ファセット(宝石を磨いてつけた平らな面)を組み合わせてテーブル面(宝石上部)、クラウン(三角、四角形の組み合わせをテーブルの周りに配置)、そして宝石下部にステップをつけた現在もよく使われるミックスドカットに磨かれた大きなルビーをダイヤモンドの脇石で取り囲むように装飾されています。黄色味をほんの少し感じさせる赤が強いルビーとして理想的な色調と高い透明度とその大きさが特徴的なルビーは、宝石品質判定基準では、美しさ「A」、色の濃淡「5.5」のGQジェムクオリティ(最高品質)です。
イギリスがミャンマー(旧ビルマ)を植民地にしていた時代に採掘されたものだと考えます。キューレット側(宝石下部のとがった部分)に小さなフラクチャーは、この時代にミャンマー中北部モゴック鉱山のプライマリーソース(一次鉱床)で産出されたルビーによくみられるものです。母岩をハンマーで叩き、砕きながらルビーを探す時についたものかも知れません。しかし、破損につながるものではなく、また美しさに悪い影響を与えるものではないと考えます。そして指輪の構想は、非常に小さな爪がルビーを囲むように配置されており、脇石のダイヤモンドのサイズ、配置の仕方も含めて、この立派なルビーの魅力を最大限に発揮させるように考えられています。地金は金製で細かい彫刻で指輪全体が、手作業で彫刻、装飾されており特別な人のためにつくられたものだということが良く分かります。
さて、このルビーを手に取って拝見したのは2005年にミャンマー大使館だったと記憶しています。ミャンマー大使から「原産地を見てほしい」との依頼でした。そして、ご縁があるこのルビーの指輪には、その後も複数回拝見する機会に恵まれました。スイスの宝石研究所にて分析済みで、天然無処理で美しいミャンマー産ルビーであることは分かっています。ミャンマーはルビーの原産地としては世界で一番有名ですが、この品質で7ctを超える非常に大きなサイズのルビーは、ほとんど産出されることがなく、2~30年に一つぐらいでしょう。10ctを超えるGQジェムクオリティ(最高品質)の産出は、ミャンマーでも100年に1個といわれており、サザビーズやクリスティーズなどのオークションで高額で落札される理由は、その希少性の高さです。
ギメルリング ルネッサンス期のルビーの結婚指輪
前述の国立科学博物館で開催された特別展「宝石 地球が生み出したキセキ」では、ルネッサンス以降のルビーの指輪が「ヒストリックリング」のエリアに展示されていました。前述のフェデリングも欧州中世の区分で展示されていたものです。
ギメルリングとは、2本のリングを外れないように組み合わせて装着するこの形で、ルネッサンス期に結婚指輪としてよく使われた形です。2本のリングが組み合わさって1本のリングに見えるのすが、指から外して広げてみると、合わさった断面に色々なメッセージがエナメルなどによって表現されているのが特徴です。
手に取ってみたギメルリングは、16世紀、18世紀のものですが、どちらも広げると「炎のハートマーク」「手と手を取り合った絵柄」やお互いの約束を表す手のモチーフがハートを支えているモチーフなど、今の感覚で見れば、かなりストレートな表現になっています。指輪88(淡交社)では、このギメルリングの原稿を担当させていただいたのですが、プロポーズしたい女性の好みや意匠について男性が一生懸命に友人たちに聞き取り調査を行っていた微笑ましい形跡も残っていました。(実際に指にはめてみると本当に小さくかわいいルビーの指輪で、書籍になって写真を見ると骸骨をモチーフにしたエナメルなどが拡大するとよく見えてしまいます。実際に指に着けた方が印象は良かったというのが実感です)そしてギメルリングに装着されていた宝石は、ルビーとダイヤモンドでした。エナメルを贅沢に使った装飾を施された指輪は、かなり高額であったと思いますが、そこに使われているルビーは、0.5ct前後の天然無処理で美しいミャンマー産のものでした。インクルージョンや長波の紫外線の蛍光反応からミャンマー中北部モゴック鉱山で産出したものでしょう。
まとめ
いつの時代も特別なジュエリーだったルビーの指輪
このように、ルビーの指輪にテーマを絞って古代から見てきましたが、ルビーの指輪は、国王のものであった時代、結婚指輪のメインストーンとして使われた時代…いつの時代も特別なジュエリーだったということが分かります。そしてアンティークジュエリーなどを見ていくと、ルビーの指輪は意外と少ないことに気付かれることでしょう。
時代を経て、ジュエリーから外されて他のジュエリーに付け替えられていくからです。それだけ価値が高い宝石だったことが分かります。しかし、今ではルビーの指輪と聞くと「超高級品」というイメージはありません。どちらかというとダイヤモンドが宝石の代表格であったとしたら、ルビーはその引き立て役みたいな扱いを受けていると思います。「宝石には価値があってないようなもの…」ということばでもよくわかるように「宝石=よくわからないもの」という風潮が世の中に広がっているのは、とても残念なことです。その大きな理由は、1900年以降、経済成長した日本で、商業的目的によって大量生産した「ルビーの指輪」を販売してきたからです。
今現在残っているもののほぼすべてが人工的に合成されたものか、人為的な処理によって品質を改良したものであり、どちらも希少性は低いので手放す時にはほとんど宝石としての値段はつかない。祖母の代から残っているルビーの指輪があったとして、それが天然無処理で美しいルビー、それも2ctぐらいの大きさのミャンマー産であったとしたら、数千万円の値段がつくはずです。処理されていたとしたら数万円でしょう。人為的に処理したものを沢山作りすぎたのです。
宝石の価値は、需要と供給のバランスが非常に重要です。インターネットが発達した時代になって、このような事実は世の中に広がっていくでしょう。今後、ルビーの指輪を探される方には、着いているルビーは、天然無処理で美しいこと、そして原産地はミャンマーがおすすめです。「ルビーの指輪」という商品名だけで選ぶのではなく、そこに装着されているルビーの品質について(宝石ルビーの色の種類や色見本【ランク・値段・価格・価値について】 | モリス公式HP)プロの宝石商によく説明を受けてから購入される方がいいでしょう。
参考:「Mogok Valley of Rubies and Sapphires」著者Ted Themelis